今日は写真記録がメインになってますですハイ。文章にオチが無いので期待しないよう…。
恵那峡サービスエリアで階段を登っていた時に、ふと気になる絵を見つけました。

「これはなんだろ?妻籠?ってかいてある」
「あーっ!妻籠宿だ!そうだよ、ここって木曽から近いんだよね?」
木曽路にある宿場町というのは昔から憧れでした。一度は行ってみたいなあとずっと思っていたのですが、なかなか行く機会がありませんでした。10年ぐらい前だったかな、宿泊予約までして木曽路旅の計画が決まっていたのですが、その直前に肉離れを起こして中止になったことがありました。
それ以来、足が遠のいてしまってました。
「今でしょ?行くしかないでしょ?」
しかし、もうこの写真にあるような山道じゃあないでしょうね。観光地だし観光バスも来るだろうし。たぶんHYMERくんでも通れるだろう…よーし、行ってみよーう!

ありました〜。大型車用の駐車場が。やはり有名な観光地ですねえ。

小型車用の駐車場もとにかく広いので、やはりすごい有名な観光地なんですねえ。

さあ、行ってみましょう!妻籠宿の北側から入っていって、南に歩いていくルートですね。

少し上に上がったところにある家並みがきっと…

おっーっ!見えて来た!
きっとそうだね。この路地を抜けると…

わーいわーい着いた〜

妻籠宿だ〜
さあ、来ましたよ〜

家の中に入れるところも。昔はお殿様が宿泊した本陣、その家臣なども泊まれるようにした脇本陣と、どちらも中に入れるんです。まずは脇本陣から。

入ってすぐの囲炉裏の煙が、日差しを綺麗に映し出していました。

良いですなぁ〜こりゃ風流な〜

脇本陣とはいえ広い広い!歴史資料館も隣にあるほど広かったです。

当時からある本物のガラス窓。庭の景色が映し出されて障子を閉めていても外の風景が眺められるという工夫なんだそうです。

脇本陣を出たら、そのままナナメ道向かいの本陣へ。

こちらも中々の大御殿でございます。

見事なかまどで大人数の食事を作ったことでしょう。ホテルの厨房ですね。

その本陣からさらに南側へと妻籠宿を下って行くと、

寺下地区という道路もアスファルトで覆われていないところもあります。
昔の街道がそのまま残っている感じ。江戸時代はこんな感じのところをみんな歩いていたのかなあと思わせるところでした。
外国人の観光客も多く、特にフランス語が多かったのが印象的でした。

屋根を止めるために石を置いてあるというのも、昔のままなんでしょう。

うん。古い…。

うーん…。

うむう…もう引き返そう…
へへ。飽きちゃった!
あのねえ、古い町並みを見て雰囲気を感じるところまでは良いものの、それ以外は何も無いですから、すぐに飽きちゃうんですよ。もういっか!みたいな。
ささ、何か食べよう!

これ、美味しかったです!五平餅セットね。
こんなのもあるよ
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