当家の次の目的地は下呂温泉と決定されたのであった。当家の名は車中泊家という。群雄割拠する戦国時代を生き延び、明治維新後150年経ち平成の世になってから一大ブームとなるキャンピングカー。その基礎を築いたという車中泊家も、その頃はまだ織田信長が開いた岐阜をさまよう旅の者でしかなかった。
「よいか皆のもの!よーく聞け!我ら車中泊家にとって、温泉入浴は悲願である!今まさに皆に尋ねるが、温泉に入らんとする時に一番重要なこととは何か!?」
「はい!温泉といえば、泉質と効能でございますれば!」
「このタワケっ!」
ビシっ!
「あうぅ…申し訳ございませぬ殿っ!しかし今の殿の運転のお疲れのご様子には温泉の効能が…」
「何をいっておるのじゃそのようなわけがなかろう!我らにとって肝要なこととは、駐車場じゃ!」
「はい!殿っ!」
「それで、その目的地にある日帰り温泉の駐車場は大丈夫なのかっ!?」
「いえ!駐車場はございませぬ!しかし泉質は抜群とのよし!」
「お主は何度言えばわかるのじゃ!」
「はい!殿っ!今から下呂温泉に駐車場を探しまする!」
しかし…
「殿っ!斥候を放ちまして調べたところ駐車場は川の向こう側にしか無いと!」
「なっ!なんだとっ!?」
「目的地は山形屋旅館。日帰り入浴は未の刻(14時)までに入館せねばなりませぬ!」
「なんと…」
山形屋旅館は飛騨川の北側、温泉街の北の端にある。しかし、駐車場は飛騨川を渡って南側の下呂駅の近く。それは元の下呂温泉病院の跡地だという。広大な敷地が更地になっており、この夏の間の臨時駐車場として運営されているのであった。
「仕方あるまい。わしは近くの駐車場が近くに無いか探す。お主はここで降りて兵を休ませ、先に山形屋旅館へ向かい入浴するのだ!」
「し、しかし殿っ!」
「案ずるな!子どもらを先に風呂に入れてやるのだ!私もすぐに戻る!」
「殿っ!」
「殿っぉっ!」
馬の手綱を引くと向きを変えて大きく響き渡るような声で発した。
「いくぞーっ!」
「とっ、殿ぉーっ!」
こうして、車中泊家は本隊を山形屋旅館に留め置き、分隊は川の向こう側へと進軍したのであった。下呂温泉の臨時駐車場はとても広く、別れたとはいえども大軍である車中泊家の分隊が留まるに十分な広さであった。
「おおっこれはどうじゃ、誠に広い駐車場ではないか。ようし!これで大丈夫じゃ!」
「しかし殿、これでは今から歩いて戻っても未の刻までに山形屋旅館には戻れませぬが…」
「良いのじゃ。これで」
そこへ、先に放っておいた斥候がもう1人戻ってきた。
「殿っ!この近くに外湯が御座いまする。つい今しがた山の猿どもが身体から湯気を立てて歩いておりましたので、かき分けて行きましたところ、温泉が湧いておりまする。そちらへ入られてはいかがでございましょう?」
「なんと!これは神のご加護か…」
先ほどまで猿が入っておったという温泉は、その効能が身体に良いと評判になりあっという間に立派な建物が建ち湯屋になっていた。このあたり、時代考証が無茶苦茶ではあるが、まさに銭湯ともいえる外湯があったのだ。
こうして、皆が風呂に入れたのであった。
(つづく)
この物語の登場人物の言葉使いは完全なフィクションですが、そのドタバタぶりは史実に基づいて作者が新しく構成したものです。いいお湯でした〜