ワカメの誤解〜未来家族「サザエさん」エピソード2

「あの…マスオ義兄さん、ちょっと」

「なんだい?ワカメちゃん、話って」

あれは突然のメッセージをもらってからのことだった。ワカメが少し気になるLINEを送って来たのだ。何か家のことで大切な話があるという。

2人はワカメが働いているオフィスの近くで昼休みに会って話すことにした。というのもワカメはいま実家には住んでいない。家を出てアメ横近くのマンションに住んでいる。オフィスはマスオの勤める会社から徒歩数分のところにあった。

カフェの2人席でホットを頼んだ。ワカメが伏し目がちに話し始めた。

「あの…生活費のことなんだけど」

またか…マスオは数日前のサザエとの話を思い出していた。

ワカメの話はこうだ。マスオはフグ田家として磯野家に住んでいるわけだが、家賃を払っているわけじゃない。それを少しは払ってもらえないだろうか、というのだ。

「その…お義兄さんの収入から10%ぐらいでいいので、うちに入れてくれないかしら…と思って」

ワカメは女の子にしては珍しく大学では商学部に入って、在学中に税理士の資格を取得していた。とても数字に明るい。こんなお願いをしてくるということはそれなりに考えてのことだろう。ただの若い娘がお小遣いをねだっているのとはわけが違う。

「その…言いにくいことだけど、何かお金に困っているのかい?」

「う、うん…その…私の学費のことなんだけど、学生の頃は今までお父さんの退職金があると思ってたのでそこから出してもらっていると聞いていたんだけど、昨日お姉ちゃんに『銀行から借りてた』って…」

「あ、ああ。それはそうだけど、退職金は定期預金だから引き出せないのでそれで借りているだけだよ。だからワカメちゃんが言うように、お義父さんの退職金から学費を出しているのと同じさ」

「でも…借りたお金は返さなきゃ…今も奨学金の返済を銀行から借りて返してるって…」

真面目な子である。まだ20代だというのに、銀行から借りたお金を返すことを考えているのだ。学費はそうかもしれないが、それはお義父さんのナミヘイが稼いだお金から出ていたはず。だから今の借金は自分が使ったお金じゃない。退職した後の生活で親がただ何かと物入りで使ってきたお金が借金なのだ。なのにそれを返すと言う。

「あのねえ、ワカメちゃん。知らないかもしれないけど、僕はもう今の収入から8%をサザエに渡して、それで磯野家の生活費はまかなっているんだよ」

「ええっ!?そうなの?」

「それに、サザエがいう借入金というのは、貯金の取り崩しさ。不足分を貯金から払ってるってことなんだ。何もかも全部を借入金で生活しているわけじゃないよ」

ワカメは家計をよく知らなかった。ただサザエの説明を誤解していただけだ。

ナミヘイが定年退職してからは、磯野家全員の生活費はマスオが立て替えていた。それは事実だ。しかしどうだろう。ワカメは銀行からの借金を返すためにマスオの収入からいくらか磯野家に入れてくれと言う。

「ボクがワカメちゃんに今の8%で足りないから10%に増やしたとしよう。その2%は何に使うんだい?」

「最初は、借金を返すのに使うつもりだったんだけど、当分の間は教育費…つまり私の奨学金を返すことになるかな…」

「でも、考えてごらんよ。ボクがワカメちゃんに2%…いやもっと多くのお金を払って負担したとしよう。そうだなあ、例えば20%でもいい。何年かすれば借金はゼロになるわけだけど、それってお義父さんの退職金はそのまま残っているわけだから、結局グルっと回って貯金しているだけじゃないかな?」

「そっか…いったいどうなってるんだろ?」

「そうだなァじゃあ少しサザエから聞いた話だけど、説明するね」

マスオはあの夜の話の後に聞いたサザエの家計の説明を始めた。

マスオの説明はこうだ。

自分の収入から磯野家の家計に入れているのは59.7兆円だ。カツオも少しは入れてくれているのでさらに4.9兆円、端数を切り上げるとだいたい64.0兆円がサザエに渡されている。

サザエはそれでもお金が足りないから、銀行から33.6兆円を借りるのだった。ただ、銀行は貸してくれるばかりではない。返済もしないといけない。それが23.3兆円なのだから、毎年10.3兆円づつ借入金残高は増えていくことになる。

ワカメの奨学金の返済は5.3兆円になる。タラヲの学費はマスオが出しているから、磯野家には関係ない。

磯野家はよく泥棒に入られたので、警備会社のサービスを受けている。それが5.1兆円。

建物の修理や庭のガソリン汚染に5.9兆円。

そして、ナミヘイとフネの医療費が32.9兆円かかっている上に、町内会の会費で15兆円その他生活費が9.3兆円という内訳だった。

ワカメが言った。

「それって年収590万円の人が、借金しながら977万円の暮らしをしているということなの?そんなのもう家計は破綻してるってことじゃない!?」

「いや、違うよ。それは詐欺だ」

そうなんだ。みんなそれで騙される。それは大きな間違いだとマスオは知っていた。国債残高は883兆円だと言っているが、それは国債だけの話。地方債も入れると1093兆円であることは、前にも見た通りだ。

「考えてごらんよ。磯野家は確かに銀行から借りたお金で生活費をまかなっている。けれど、それはお義父さんが稼いだ退職金を定期預金にしているから引き出せないので借入金として使っているだけなんだ。定期預金の満期がくればそれで返せばいいだけさ」

「でも、そんなことしたら退職金が無くなっちゃう…お父さんが一生懸命働いて貯めたお金なのに」

「ははは!そりゃそうだよ。でも老後の暮らしのためにもらった退職金を使って悠々自適の暮らしじゃないか。一生懸命働いたお金を本人が老後に使って何も悪くないだろう?」

「それはそうだけど…もし、お義父さんが亡くなったら借金はどうなるの?子どもに借金を負わせることになるって言う人もいるわ」

「そんなことはないよ。定期預金で返すだけさ。ワカメちゃんには貯金は残らないけど、借金も残らないよ」

「あ!本当だ」

「ワカメちゃん。お義父さんは立派に働いて磯野家に土地と家を残して、自分で稼いだお金で暮らしているんだ。とても立派なお義父さんなんだよ。ボクたちはそれを見習って、同じように自分たちで暮らしていけるようにしなきゃいけない…それだけなんだ」

「そうなのね!」

「ああ、そうさ。お義父さんはさらにボクたちのために玄関から裏庭まで1時間でいけるリニアモーターカーまで作ろうとしているんだ。再来年には近所の人をみんな集めた大運動会まで開こうと競技場まで建設しようとしているんだヨ」

「え?それ本当なの?うちって大金持ちなの?」

それが本当なら大金持ちというよりも、むしろバカである。

ウンガトット

(つづく)