「その、二人目…いや、三人目の犠牲者だが、河原の土手側に近い炊事棟で死んでいたわけだが、あの時はダッチさんも含めてここにいる全員が焚き火台の周りにいたことでアリバイが成立しているんだぞ?」
「ああ、そうなんだ。まず初めにその謎を解かなきゃならない」
「そうね。殺された三人目の被害者の彼も元は柔道家の有段者で今は料理人だけど身長が2メートル近い人よ。あんな見通しの良い炊事棟でとても襲われて死ぬようなタイプの人じゃないわ。しかも、手に包丁を持っていたのに、あんなヒドイ死に方…」
「第一発見者としてつらかっただろ、もういいよ」
「あっちに行って休んでいなさい」
「はい…」
「…」
「ずいぶん、精神的にこたえたようだな」
「たしかに。ところでその柔道家の彼はなぜあんなところに行ったんだ?それを知っている人はいるか?」
「ええっと、たしか釣った魚をさばくとか言ってたような…」
「それは私も聞いたぞ。それで、トイレにも行きたいからついでに、と。他にはほとんど誰もいないこの冬のキャンプ場で、もう葉っぱも落ちた桜の並木道を歩いて行った先に、仮設トイレがあってその横が炊事棟なんだ」
「それで、炊事棟で背中から心臓をペグで突き抜かれて死んでいたんだよね?あれだけ長身の彼を背中とはいえ斜め上から突き抜くなんて普通は考えられないじゃないか?しかもダッチさんのような身長が低い女性が」
「そうよ。私はみんなと焚き火の前にいたんだし出来るわけがないわ。言いがかりもいい加減にして!」
「彼は炊事棟で魚をさばくために調理器具と食器を持っていった。魚は昼間に釣って氷をタップリいれたクーラーで冷やしてあったんだよな?持ち運ぶには重いから、昼間のうちに炊事場の流し台の下に置いてあった。そして、彼はみんなから離れてたったひとりで炊事棟の方へと歩き出す。魚をさばきにね。それはみんな見ていたから何人かの証言で確認出来ている」
「ああ、オレも見たぜ」
「私もだ。あれは、たしか夜8時15分頃だったな」
「そのあと、どうなった?」
「しばらくして、彼が炊事棟に着いたんだなとわかった」
「暗闇で見えにくいのに?というか、仮設トイレの裏だから見えないはずだ」
「それは、炊事棟はステンレス製の流し台で、その上に彼が持っていった調理器具を置いた音がしたからさ。ステンレス製の流し台の金属音っていうのは特徴があるだろう?そしてそのあと、蛇口をひねり水が出てステンレス台に当たっている音も聞こえてた。静かな夜だったからよく聞こえたんだ…」
「なるほど。そして1時間後にまだ帰ってこない彼を心配した第一発見者の彼女が様子を見に行った。そして流し台の前の水たまりの中で倒れて血を流して死んでいた。そうだったよな?」
「ああ、その通りだ。水道は出しっ放しであたり一面は水浸し。まるで池のようになってたよ。どうやら流し台の排水口に被害者がさばいた魚のアラが詰まって流れが悪くなったみたいだ。しかも被害者の倒れていた地面に排水溝があって、そこに被害者が捨てたと思われる魚を冷やしていた氷が一面に散らばっていた。それがどうかしたか?」
「ああ。もちろん。で、凶器はこれと同じペグだ。本物は警察が持って帰っちまったからさっき作っておいたんだ。ガイラインが付いたままになってるが、10メートルぐらいの長さで切られてる。この凶器に使われたペグは、被害者が寝ていたテントからペグが一本盗まれているから、おそらくそれを使ったんだろう」
「10メートルぐらいじゃ、炊事棟までの距離は届かないな。皆が集まって焚き火をしていた場所からは、30メートルぐらいは離れているぞ?」
「そうだ。届かないんだ。これは、オープンな炊事棟で起きた密室殺人なんだ。30メートルも離れた場所からどうやって密室殺人を犯人は実行したのか。普通なら誰もがこのガイラインで炊事場の天井からぶら下げたペグを、ガイラインを切って落としたと考える。そして被害者に刺さったと…」
「そうじゃないの?」
「違うね。その方法だと切った片方のガイラインがどこかに残ってなきゃいけないんだけど、あの後すぐに調べたけどそんなのはなかった。その上、たとえこのペグの重さがあるとはいっても、その重さだけで怪我はするだろうけど、突き刺さるほどの事故は起きないだろ?」
「ほらみなさい。じゃあ、どうやって私が彼を殺したっていうのよ。物理的に無理だって、いまあなたが自分で証明してみせたじゃない」
「ああ。けれど、一つだけ出来る方法があるんだ。ガイラインを切るわけでもなく、勝手にその重さで被害者の命を奪ってしまうような方法がね」
「しつこいわね…」
「本当にあるのか?そんな方法が!」
「ああ。間違いない。
今ここでしかできない方法がね」
「ていうか、なぜ急に有名な探偵の孫のマンガなんか真似してんの?」
「ディズニーオンアイスで見たミッキーとミニーの衣装が、まるで金田一とミユキみたいだったから」
「え?それだけ?」