シロソ砦(後編)

さて昨日に引き続き、戦争の思い出を語る場所、シロソ砦のお話です。昨日はようやく入り口付近までやってきただけで、お話が終わってしまったわけですが、それぐらい考えさせられることが多かったのです。

まず、目に飛び込んでくるのは大砲でした。これは、海から攻めてくる敵を攻撃するために据えられたものでしょう。

では、その敵とは誰か?

もちろん、大日本帝国ですね。

その当時、シンガポールの土地は、イギリスの植民地でした。

最初は150人しか住んでいなかったこの土地に、トーマス・ラッフルズというイギリス人が港を開いたのが1819年。今から200年前ですね。

それから100年後には、反イギリス運動が盛んになってくるのですが、その約20年後には日本が攻めてきました。

まさに植民地の悲しい歴史です。

日本が攻めてきた時に、イギリス本国は助けに来なかった…という説明が展示されています

「見捨てられた」という印象を受けるほど、何度も書かれていました。シンガポールの人が見捨てられたのか、駐在していたイギリス軍が見捨てられたのか、それはわかりませんが、それらが全て日本語でも書いてあるのです。もちろん、英語と中国語でも記載されています。

展示してある説明の中に、建国の父であるリークアンユーが、日本の植民地となってわかったことは、自分たちは誰の支配も受けるべきではないということだ、と言う言葉が胸に刺さります。

この中にいろいろな展示が

日中戦争の最中だったために、大日本帝国はシンガポール華僑を弾圧しました。リークアンユーも殺害されそうになったそうです。

その後、戦争が終わり独立を成し遂げたシンガポールの未来を考える彼は、殺害されそうになった過去があるにもかかわらず、まったく現実的な路線を歩むのでした。その指導者としての考え方に驚かされます。

シンガポールの人たちだって、悲しい過去は忘れないし永遠に許せないはずですが、史実としては受け止めるが、それを恨みに思うようなことはしなかったようです。

肉体労働は現地の人がやっている図

シンガポールの独立記念日に向けて、ライトアップされる中で、あのドリアンが日本とイギリスの国旗の模様で浮かび上がるなんて、なんという心の広さでしょう。

占領軍を送り込んだ2国を、歴史の一部として国旗にして表してしまうのです。そこに敵意ではなく過去として見据える冷静さがあるのです。

もちろん、そこへシンガポールの国旗がヘリコプターで運ばれてくるという演出もされているので、国としての誇りも忘れていません。

歴史をどう受け止めるのか、ということを考えさせられるシロソ砦でした。